向いていない仕事を続けた結果、40代エース社員がメンタル不調に

剛さん(仮名・40代)は、かつて営業所の業績を飛躍的に伸ばした敏腕所長として知られていた。
もともと「人やモノを動かす仕事」に強い関心を持ち、その希望を叶えて入社。物流センターでは、多様な価値観を持つスタッフをまとめ上げ、周囲からの厚い信頼を獲得していた。
しかし、営業企画部への配置転換をきっかけに体調を崩すようになり、何度も引き止められながらも最終的には退職を決意。周囲に大きな驚きをもたらす結果となった。職場環境の改善の役に立つのであればと剛さんは取材に協力してくれた。
※本記事は取材に基づいて構成されていますが、個人が特定されないようプライバシーに配慮しています。
目次
向いていない仕事を続けた先に待っていた未来
──これまで、どのようなお仕事をされてきましたか?
剛さん「物流センターで所長を務めていました。主な業務は、現場チームのマネジメントです。年齢や性別もさまざまなメンバーと接する機会が多かったのですが、むしろそれが面白く感じられました。管理業務も好きでしたし、人間関係にも恵まれていたと思います。
私はモノを運ぶ仕事がしたくて、この会社に第一志望で入社しました。だから、現場の仕事は本当に楽しかったです。」
──営業所長で大活躍されていましたが、昇進を希望されていたんですか?
剛さん「いえ、昇進はまったく意識していませんでした。入社時には「将来的には所長を目指してもらいます」と言われていましたが、自分が本当に所長になるとは想像していませんでした。ただ、「モノを運ぶ仕事がしたい」という気持ちが強く、キャリアパスについて深く考えることはなかったんです。」
──実際に物流センター長に昇進したときの気持ちは?
剛さん「正直、驚きが大きかったですね。でも、部下に恵まれていたこともあって、仕事は楽しくできました。営業企画部に異動するまでは、風邪ひとつひかないほど健康でした。」
──営業企画部への異動は、どのような経緯だったのでしょう?
剛さん「会社が今後の成長を見据えて、営業企画部の体制強化を進めていたことは知っていました。そんな中、声をかけてもらえたのは素直にうれしかったです。十数年現場で働いてきたので、「そろそろ管理部門に移る時期かもしれない」と思っていたのも事実でした。
順調にキャリアアップしているという実感もありましたし、第一志望で入った会社に長く貢献したいという思いも強かったので、「自分の力が役に立つなら」と異動を受け入れました。」
──今回の退職は、体調不良が理由だったそうですね。具体的にはどんな症状が出たのでしょうか?
剛さん「ファントムバイブレーション・シンドロームってご存じですか? 携帯電話が鳴っていないのに、振動を感じるという錯覚です。私の場合、それが頻繁に起こるようになってしまいました。
携帯が鳴っていないのに「着信があった気がする」と落ち着かなくなる。そして、メールボックスを開くのが怖くなっていったんです。休日でも「何か来ているんじゃないか」と気になってしまい、心が休まらなくなりました。」
──それでも働き続けたのは、なぜだったのでしょう?
剛さん「不調はあったものの、四六時中というわけではなく、体調が回復する日もありました。「これくらいなら大丈夫だろう」と自分に言い聞かせながら、何とか続けていたんです。
日々、見えない何かに追い立てられるような感覚に苛まれる中、処方された薬とともに治療に専念する道を選びました。」
現場と違う本社勤務で直面したギャップと孤独
──配置転換後に体調を崩す機会が増えたとのことですが、営業企画部ではどのような業務を担当されていましたか?
剛さん「新たに立ち上げる物流センターの設計に関わる部署で、営業支援用の提案書や企画書の作成が主な業務でした。プロジェクトごとにチームが編成される体制で、各メンバーが多くのタスクを抱える中、チームとしてアウトプットをまとめる仕事でした。
マニュアルのようなものは用意されておらず、基本的には実践の中で覚えていくスタイルでした。私が40代ということもあり、経験で乗り切れるだろうと見られていたのかもしれません。」
──どのような業務に戸惑いがありましたか?向いていないと思った瞬間はありますか?
剛さん「各自が多忙な中でチームとして動くという仕事の進め方に、なかなか慣れませんでした。全員がそれぞれの業務を大量に抱えており、同じ場所に集まる機会すらほとんどありません。
週に一度の会議に向けて、前日に各自が情報を提出するのですが、そのやり方だと情報のズレや認識の違いが出やすいんです。そうしたやりづらさに戸惑いがありました。」
──あれだけ人付き合いが得意な剛さんが、なぜチームプレーに違和感を抱いたんですか?
剛さん「本社と現場では、空気がまったく違いました。物流センターでは、困ったときに気軽に相談できる環境がありました。繁忙期にはお互いに愚痴を言い合いながら、支え合える仲間がいたんです。フランクなコミュニケーションが自然と成り立っていました。
一方、営業企画部では、皆が多忙なため話しかけるときは論理的かつ端的に伝える必要があり、雑談のような空気はほとんどありませんでした。デスクの距離は近いのに、上司が不在の日も多く、気軽に声をかける雰囲気ではなかったですね。
週1回の会議で私が営業資料を説明するのですが、厳しい言葉を投げられることもありダメージを受けました。」
──仕事で悩んだ際に気軽に相談することはできましたか?
剛さん「もしかすると、私が相談に来るのを待っていてくれたのかもしれません。でも、実際には気軽に相談できる相手というのは正直いませんでした。上司が不在の日も多かったですし、日常的なコミュニケーションが取りにくい環境だったと思います。
同世代の社員も同じフロアにはいたのですが、部署が違うので業務の話はしづらく、気軽な相談やちょっとした愚痴をこぼせる相手もいませんでした。」
──そうした状況は、メンタルにも影響しそうですね。
剛さん「はい、それが大きかったです。営業企画部の仕事は、営業のように短期的に成果が見えるものではありません。成果が出るかどうか分からない状況で、相談できる相手もいない。そんな環境が、許容できるストレスの範囲を超えていたのだと思います。
昨年頃からその兆しは感じていましたが、1on1面談では「誰でも慣れるまで時間がかかる」と言われ、2年ほど頑張って続けました。「まずは仕事に慣れよう」と。でも、1on1のような場も大切ですが、それ以上に日常的にどれだけ気軽に相談できるかが重要だと痛感しました。」
──営業企画部で案件は獲得できて達成感を得ることはできたのでしょうか?
剛さん「昨年の夏頃、実際に案件を獲得できたことはありました。でも、それが自分の成果なのか、上司の成果なのか、それともチーム全体の成果なのか正直、判断がつきにくかったんです。自分の手応えがあまり感じられず、「頑張った」という実感も薄れていきました。」
張り紙1枚の違いが、心の安心につながることもある
──剛さん側でなにかできることはあったと思いますか?
剛さん「そうですね。マニュアルも教育体制も整っていない中、まったく未知の業務領域に足を踏み入れたわけです。営業企画部では「実践で覚える」のが基本で、最初からきちんとしたレクチャーがあるわけではありませんでした。
正直なところ、当時はそれを「おかしい」と思わなかったんです。初めての部署で、そういうものなのかなと受け入れていました。でも、今思えば、マニュアルやレクチャーがあってもよかったんじゃないかとは思いますね。」
──今回、退職に至った剛さんですが、どのような環境があればよかったと思いますか
剛さん「本社に異動してから体調を崩しましたが、そのとき、相談できる環境が身近に感じられなかったんです。
現場の所長をしていた頃は、誰でも見えるところに「相談窓口」の張り紙を掲示していました。
でも、本社には掲示がありませんでした。相談窓口が存在していたのか、どこにあるのかも分からず、結局一度も頼ることはありませんでした。
もし、たった1枚でも掲示板に「困ったときはここへ」と書かれていたら、少しは安心できたかもしれません。誰かに頼ってもいいという空気が、そこにはなかったんです。」
向いていない仕事を続けるのをやめ“らしく働ける場所”を探したい
──今後、どのように働いていきたいと考えていますか?
剛さん「一般職としては、すでにポジション的にも年収的にも上限に近いところまで来ており、その先にあるのは管理職しかないという状況でした。
だからこそ、一度は挑戦してみようと思い営業企画部に異動しましたが、「自分にそこまでの技量があるのか」と言われると、正直、確信は持てませんでした。
会社の役に立てるなら頑張りたいという気持ちはありましたが、昇進そのものに対しては、「自分はこの辺でいいかな」という気持ちもあったんです。
それに、私はプライベートであまりお金を使わないので、収入への執着もそれほど強くないんです。むしろ「会社に迷惑をかけたくない」「おんぶにだっこされたくない」という気持ちの方が強くて。
今はまず、心と体をしっかり休めたいです。メンタルヘルスクリニックにも通っており、週1回の通院が必要なので、無理をせず休養を優先したいと思っています。
体調が回復したら、次はフランクにコミュニケーションが取れる職場で、もう一度自分らしく働いてみたいと思っています。最近では、エグジットインタビューいっとさんのような退職理由を起点に転職支援をしてくれるサービスもあると知って、そういうものも活用してみたいなと考えています。」
──会社に対して、伝えたいことはありますか?
剛さん「一言で言えば、ありがとうございました。これは本心です。いろいろなことがありましたが、人生における一つの大きな経験になりました。
振り返ってみると、現場で仲間たちと一緒に働けた時間は、本当に楽しかった。そのことに気づけたのは大きかったです。
現場での長いキャリアの中で「辞めたい」と思ったことは一度もありませんでした。それくらい、自分にとっては居心地の良い場所だったんだと思います。また、そのような会社で働いていきたいですね。」
剛さんのケースのように仕事の適性はスキル、能力だけで決まりません。
人との関わり方、働き方の価値観、チーム文化との相性など、多くの要素が組み合わさってはじめて「働きやすさ」は生まれます。
今回の取材で浮かび上がったのは、「相談できる空気がない」「頼っていいと言われていない」ことの怖さでした。
“誰かに声をかけていい”という雰囲気をつくること。
そのためには、小さな仕組み──たとえば「相談窓口の張り紙一枚」でもいいのです。
現場の第一線で結果を出してきた人が、知らず知らずのうちに心をすり減らしてしまうことのないように工夫ができていますか?ぜひ、剛さんの声を参考に職場改善を検討してみてください。
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